Story of Steiff/シュタイフ物語

画像:シュタイフ物語

「話し掛けて、頬を寄せて、抱きしめて・・・うれしい時も寂しい時も、ぬいぐるみは子供のハートの一番近くにあるおもちゃ。
だからこそ、最良のものを与えてあげたい。」

〜アポロニア・マルガレーテ・シュタイフ〜

1847年
この年の7月24日、南ドイツのキンゲンに、シュタイフ社の生みの親、マルカレーテ・シュタイフ が誕生しました。彼女は、わずか1才半で小児麻痺を患い、両足と右手が不自由となるハンデを負い、生涯車椅子と過ごす事になりますが、ハンデを乗り越え、フェルト店「フェルト・メール・オーダー・カンパニー」を設立します。


1880年
義理の妹へのプレゼントに作った、フェルト製のゾウの針刺しが世界ではじめてのぬいぐるみとして人気となります。その後、同時シリーズでさまざまな動物を誕生させました。

画像:シュタイフ物語

1902年
マルガレーテの甥・リチャードが動物園でスケッチした「くま」を元に、くまのぬいぐるみを作る事を提案しました。 この提案から、彼女は試行錯誤の上テディベアの原型となる「55PB」を誕生させました。ちなみに「55PB」とは座高が55(p)で、P(Plush:毛の生えた生地)とB(Beweglich:動かせる)という製品特徴を暗号化したものでした。

1903年
翌年シュタイフ社は、試行錯誤の上誕生させた「55PB」をライプチッヒの見本市に出展しました。 ところが、その「55PB」は今までのシュタイフのフェルト製品と違い、毛が生えたモヘア製で、大きくて重く、値段も高く、まったく人気がでませんでした。散々な評価にがっくり肩を落としていたところ、このベアがアメリカのバイヤーの目にとまり3000体ものオーダーにこぎつけたのです。

「これからの時代、子供たちが一緒にいたいと思うのは、こんな強くて優しいぬいぐるみだと思いますよ!」と。このベアがアメリカに渡り、ルーズベルト大統領の晩餐会のテーブルディスプレイに使われ、テオドア・ルーズベルト大統領のニックネーム「テオドア=テディ」にちなんで「テディベア」と呼ばれ大ブームを起こしたのです。

1904年
人気を博したシュタイフ社に対し、粗悪なコピー品が多く出回るようになります。シュタイフ社は粗悪品と差別化する為に、全ての製品にボタンを取り付けるようになります。これが世界で一番古いトレードマークといわれる「ボタン・イン・イヤー」が誕生したいきさつです。


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